オックスフォードは「怒り」日本は「労働」:2025年の言葉が示す社会
Oxford Word of the Year 2025 - Oxford University Press
Rage bait is the Oxford Word of the Year 2025. Find out why our experts picked it as our winner, and discover more about this year's shortlist.
2025年が終わりに近づくと、「今年の言葉」が次々と発表されます。
英オックスフォード大学出版局が選んだのは、怒りをあおる投稿を指す「レイジベイト」です。一方、日本の新語・流行語では、初の女性首相による「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という言葉が年間大賞となりました。
片方は感情の爆発、もう片方は「ひたすら働く」という姿勢の強調です。性質は違いますが、どちらも現代の経済を動かす重要な要素です。なぜ今、世界は怒りを消費し、日本は働き方をめぐるメッセージに注目しているのでしょうか。
SNSで増幅される怒りと注目――レイジベイトの仕組み
「レイジベイト」とは、怒りや不快感を意図的に引き出し、コメントやシェアなどの反応を集める投稿のことです。オックスフォード大学出版局は、2025年にこの言葉を「Word of the Year」に選び、直近1年間で使用頻度が約3倍に増えたと説明しています。
背景にあるのは「アテンション・エコノミー」です。SNSや動画プラットフォームは、ユーザーが画面を見ている時間が長いほど広告収入を得られます。そのため、驚きや怒りのような強い感情を引き出す投稿ほど、ビジネス上「価値がある」扱いになってしまいます。
2000年代前半には、「クリックベイト」という言葉が広まりました。「〇〇がヤバすぎる」「信じられない結果に…」といった過激なタイトルでクリックを誘う手法です。2020年代に入ると、単なる興味よりも強い感情である「怒り」によって、さらに深く人の時間を奪う「レイジベイト」へと比重が移ってきたと報じられています。
オックスフォードの2024年の言葉は「Brain rot」でした。価値の低いコンテンツに長く触れ続け、頭がぼんやりしてしまうような状態を表す言葉です。レイジベイトとブレインロットは、どちらも「コンテンツが人の時間と集中力をどのように消費しているか」を示すキーワードだと言えます。

日本の流行語に表れる「現実」――働き方・物価・安全
一方、日本の2025年の新語・流行語大賞では、初の女性首相となった高市早苗氏の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」という言葉が年間大賞になりました。
日本では長時間労働の問題や「働き方改革」が話題になってきましたが、首相自らが「ひたすら働く」というメッセージを発信したことで、賛否を含めて大きな議論が起こりました。この言葉は、少子高齢化が進む中で「限られた労働力をどう活かすか」という現実的な課題とも重なります。
過去の流行語を振り返ると、空気感の変化が見えてきます。2021年の「リアル二刀流/ショータイム」、2022年の「村神様」、2023年の「アレ」などは、主にスポーツの明るいニュースが話題の中心でした。
※日本の流行語大賞は、単に選考委員が野球好きだから、それほど流行っていなくても野球が選ばれてきた、という意見もあります。
しかし2025年は、「古古古米」や「トランプ関税」「緊急銃猟/クマ被害」など、生活や安全、国際経済の緊張を思い起こさせる言葉が多くノミネートされています。スポーツの熱狂よりも、物価、食料、労働、安全といった「現実」のテーマに、人々の関心が移っているのかもしれません。

子どもたちの画面に広がる「デジタル綿菓子」――イタリアンブレインロット
視点を子ども世代に移すと、また別のキーワードが見えてきます。2025年、小学生向け雑誌の読者アンケートでは「イタリアンブレインロット」が流行語上位に入りましたと報じられました。
イタリアンブレインロットは、AIが生成した奇妙なキャラクターが、テンポの速い音楽に合わせて動き回る短い動画などを指す言葉として紹介されています。ストーリー性はほとんどなく、大人から見ると「意味が分からない」と感じるものも多いですが、子どもたちの間では人気を集めています。
アメリカのニュースでは、こうしたコンテンツを「digital cotton candy(綿菓子)」と表現しています。口に入れると甘くて楽しいけれど、栄養はほとんどない綿菓子のように、刺激は強いものの学びや情報としての中身は薄い、という比喩です。
オックスフォードが2024年の言葉として選んだ「Brain rot」とも関連づけられており、子どもたちが意味の薄いコンテンツを長時間視聴することへの懸念も示されています。検索トレンドの分析では、万博キャラクター「ミャクミャク」や人気キャラクターと並んで、この言葉への関心が高まっていることも伝えられています。
これは単なる「流行の遊び」ではなく、将来の消費者や労働者となる世代が、どのような情報環境で育っているのかという点で、教育と経済の両方に関わる問題です。
怒り・注目・労働――人間の「資源」をめぐる経済
レイジベイトは、人々の「感情」と「時間」という資源を狙う仕組みです。日本の「働いて働いて…」という言葉は、「労働力」と「意欲」という資源に焦点を当てています。
インターネット上の広告ビジネスは、ユーザーがどれだけ画面を見続けたかによって収益が変わります。現実社会では、人口減少や高齢化の中で、限られた人手をどう配分するかが大きなテーマになっています。どちらも「人間が持つ有限のリソース」をどこに使うかをめぐる競争だと見ることができます。
オックスフォードは、2021年に「vax」、2022年に「goblin mode」を選んでいます。パンデミックへの対応や、あえてだらしなく過ごすライフスタイルが注目された時期でした。そこから数年を経て、2024年・2025年のキーワードは、オンラインでの没入や怒りの拡散といった「過剰な刺激」に向かっていることがわかります。
スマホで怒りの投稿を追い続けるのか、現実の世界で働いたり学んだりするのか。どちらも経済の中で価値を持ちますが、その時間をどう配分するかは、一人ひとりの選択です。2025年の言葉は、「自分の時間と感情をどこに投資するか」を改めて考えるきっかけになっています。

まとめ
- レイジベイトは、怒りや不快感を利用して反応を集める投稿を指す
- 日本の新語・流行語大賞では、女性首相の「働いて働いて…」という言葉が年間大賞となった
- 子ども世代では、イタリアンブレインロットのような「デジタル綿菓子」的コンテンツが人気を集めている
この記事を読み終えたあと、SNSや動画アプリを開いたときに、タイムラインに流れてくる投稿を少しだけ意識して眺めてみてください。「許せない」「ムカッとする」と感じるニュースや動画が並んでいたら、その感情はどこから来ているのかを一度考えてみるのも一つの方法です。
その怒りは、事実そのものに対するものなのか。それとも、誰かが広告収入やフォロワー数を増やすために、あえて感情を刺激するように編集した結果なのか。レイジベイトという言葉を知るだけでも、情報との距離感は変わります。
経済を学ぶことは、円の動きや株価だけを追いかけることではありません。自分の「時間」や「関心」といった見えにくい資源が、どのようにビジネスに組み込まれているかを知ることでもあります。長時間働くことも、たくさん情報に触れることも一面では大切ですが、その前に「これは本当に自分が使いたい時間の使い方だろうか」と立ち止まることができます。
あなたは、怒りを消費するタイムラインに時間を投資しますか。それとも、自分が学びたいことや成長したい分野に時間を振り向けますか。2025年のキーワードをきっかけに、自分の時間と感情の使い方を考えてみることが、これからの社会を生きるうえでの一つの「経済リテラシー」になっていきます。


